[Last Summer] |
だから俺は、 「けどまあ、なんつーか期待裏切らないよな、おまえって」 横で司狼が含み笑いを漏らしている。俺としても、こうなったからには妙なジンクスを打ち消したい気持ちが少なからずあっただけに、正直色々と納得いかない。 「なんでおまえは、俺が応援行ったときに限って負けるんだよ。わざとだろ」 とか言うけどなぁ、試合中に余所見はないだろ、余所見は。 「あれは、その、とあるボクサーの逸話を聞いて、ちょっと試してみようかと……」 馬鹿か? 馬鹿なのかこの女? ……いや、馬鹿だったな果てしなく。なら仕方ない……のか? 違うだろ。 「おまえはもっと、自分の立場と責任ってやつをだな……」 地区の練習試合で、全国区選手が物の見事に一本負け。相手は狂喜乱舞してたけど、こっちは部員、観客、残らず全員白けまくった。あれじゃ示しってもんがつかないだろう。 「いいじゃん、別に。本番の大会でぶちのめせばいいんだからよ」 しつこい、と言わんばかりに、香純は不貞腐れてしまう。 「次は勝つし、反省してるし、必ず殺すと書いて必殺するから、あんま鬼コーチみたいなこと言うないじわる」 しかし何だかんだでこの一週間、縁起悪くなるから行かないと言ってる俺を無理矢理誘い続けておいて。しかも終いにゃ強制連行までしておいて。 「次の試合がどうだろうと、俺はもうおまえの応援には行かないからな」 と、そんな耳元で叫ばれても、嫌なもんは嫌だ。 「駄目駄目駄目駄目、絶ぇっっっ対、駄目ぇっ! 今日みたいなので最後とか、あたし絶対嫌だからね!」 そんなの、言うまでもないだろう。 「え、オレ?」 そう、こいつ。香純に襟首つかまれて揺すられても、へらへら笑ってる遊佐司狼。 「あたしが、いつ、どこでこの練炭を疫病神だなんて言ったのよ! そりゃちょっと陰気だし、不吉なあだ名持ってるけど!」 禁句でボルテージが上がりまくるバカスミだったが、逆に俺はどんどん醒めていくというか呆れていく。 「とにかく、次もその次も、絶対来てよね。あたし勝つから」 香純の剣幕を意にも介さず、司狼はポケットからプリクラシール――なぜか氷室先輩のどアップだった――を取りだすと、魔除けだから、なんて言いつつ貼っていく。 「ぺたぺたぺた、と」 そしてそのままふらふらと、顔面中にプリクラ貼られた奇妙な生物は明後日の方へと転がっていった。 「で、おまえは結局、次から応援には行かねーの?」 混ぜ返すそんな問いに、俺は若干辟易しながら、 「行ってあいつが勝てなくなるなら、行かないほうがいいだろう。剣道部の連中にも悪いしな」 それは本気半分にすっとぼけ半分、別にどうだっていいんだが、単に香純は集中力が足りないというだけだろう。 「分かってるのは確率っていうか、統計の話だな。要は天気予報なんかと一緒で、雨が降りそうなら家から出ない。あいつが負けそうなら俺は行かない」 そりゃそうだ、と得心したように手を叩いて、司狼はキーを指で回しながらバイクの方へと歩いていく。 「でもよぉ、だったら相合傘をやればいいじゃん、てオレは思うわけなのよ。だから蓮、あとはおまえらでよろしくやってろ」 またこいつは、そういう面倒なことを軽く言いだす。 「俺も乗せてけよ。行きはそうやって来ただろう」 今は夏だし。暑いし。歩くの嫌だし。俺は早く家に帰りたいんだ。 「うわ、ひでぇなおまえ。少しは負けたあいつを慰めてやろうとか、思わないわけ?」 なんだそりゃ死ね――と我ながら不毛な言い合いをしていたら、 「あー、こほん。ちょっと待ちなさいよ、そこの不良二人組」 いつの間にか、すぐ背後に香純が立ってた。気持ち悪いくらいにこにこ笑って、なにやら企んでいるのが明白だった。 「そういうことなら、あたしにナイスな案があるのですよ」 いったいどこから聞いていたのか知らないが、剥がしたシールをバイクのメーターに貼りなおしながら、香純はその案とやらを口にする。 「あたしが真ん中に乗るってどぉうよ?」 俺は香純の手を掴み、陽射しでフライパンと化しているタンクの上に押し付けてやった。 「あああぁぁぁ〜〜〜熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いってばぁ―――っっ!」 青空に響き渡る馬鹿の絶叫。 「か、風になろうぜ、三人で!」 しかも、まったく懲りてないし。今度は掌じゃなく二の腕を押し付けてやろうかと思ったが、すでに香純は手をもぎ放し、離れたところで空手家のようなポーズをとっている。 「……おまえアホだろ。勘弁してくれ」 当たり前だ。そんなのパクってくれと言ってるようなものでしかない。俺は大きく溜息をつき、天を仰いだ。 「それならもう、おまえら二人で風になれよ。俺はタクシー捕まえて帰るから」
「三人一緒じゃなきゃ負けちゃうでしょー。サンバルカンとはそういうものだー!」 いくつだよ、おまえ。 「つーと、オレはレッドか」 ブルーな感じは、俺の気持ちだけで充分だった。 「やめろ。マジで暑っ苦しい。放せコラ」 何か怪しい電波でも受信したのか、自称赤の戦士は目を輝かす。 「海行こ、海! ぱーっと遊んで、嫌なことは忘れるの!」 それは当初の問題がまるで解決されてない提案だったが、どうせこいつは人の話をまるで聞いちゃいないんだろう。その様子を見て諦めたのか、もしくは最初からどうでもよかったのか、司狼は呆れたように肩をすくめて、断固反対派の俺をあっさりと裏切った。 「分かった分かった。それで、結局3ケツなのか?」 ああ、もう。 なぜならそれは、思い返せばたぶん一つの分岐点で―― ガキの頃から十年以上……腐れ縁だった俺たち三人の日常が、まだ並んでいた最後の日だったのだから。
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