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ヴィルヘルム | 俺が生まれたのは1917年……だったと思うが、細かいところは分かんねえ。 忘れちまったと言うよりは、確かめる術がねえんだな。 |
ヴィルヘルム | ド底辺の生まれなもんでよ。きっと戸籍なんかは存在しねえし、それが特別おかしいと思われるような時代でも国でもなかった。 |
ヴィルヘルム | ま、とにかくこんな姿だが、もう結構なジジイだっていうのは確かだぜ |
話の内容は、のっけから正気を疑うようなものだった。もしもそれが本当なら、彼は一世紀近く生きていることになる。
だが現実のヴィルヘルムは、どう見ても二十代としか思えない。よって常識的に考えればただの狂言になるのだが、そう笑い飛ばせない独特の雰囲気を持っていた。
その一つは、これもまた見た目だろう。異常なほどに白い肌。あらゆる色素が抜け落ちた髪。サングラスの奥で瞬く、妖しいまでに赤い瞳。
薄暗い照明の下、それは月のように浮かび上がって見えた。
怪物園と呼ばれるフリークス・バーには、一種の人体改造と言っていい奇抜なスタイルを愛好する輩が集うものだし、彼らにとっては肌の脱色や着色など初歩の初歩だ。中には手足を切り落としている者さえ珍しくない。
しかし、ヴィルヘルムにはそういった紛い物特有の歪さがなかった。こう言ってよければ、先天的な異形。
白皮症と呼ばれる遺伝子疾患。それであろうと思われる。
ディナ | 生まれはドイツ……なのでしょう? |
ヴィルヘルム | ああ。ドイツのハノーファーだぜ。当時は国内の何処でも同じだったろうが、ありゃあ一言、クソ溜めだったな |
ヴィルヘルム | 記者なんざやってるんだ。学校で歴史のお勉強はしてるだろう。要は敗戦国の必然ってやつさ。くだらねえ話だよ |
当たり前の貧困。当たり前の治安崩壊。嘯くヴィルヘルムに陰りは欠片も見当たらず、むしろ薄ら笑ってさえいる。
第一次大戦の終結。すなわち生国だというドイツの敗北に前後して生まれた彼は、人間の一番汚い部分を日常的に見て育ったのだと主張していた。
その真偽をディナは殊更追求せず、ただ聞き手として頷きだけを返している。
実際、いきなり腰を折るわけにもいかないだろう。ヴィルヘルムが単なる誇大妄想の主だとしても、インタビュアーの仕事はそれを正すことではない。
が、続く言葉はさすがに反応せざるを得なかった。
ヴィルヘルム | 俺の母親は姉だった |
ディナ | え……? |
咄嗟に意味が分からない。理屈が通っておらず狂っている。それとも生物的な本能として、脳が理解を拒んだのか。
そんなディナを、ヴィルヘルムはにやにやしながら見つめて言った。
ヴィルヘルム | 知らなかったか。載ってるとこにゃあ載ってる情報なんだがな。勉強不足だぜ、ディナ |
ヴィルヘルム | 戦場の吸血鬼。第二次大戦からこっち、世界中の紛争地帯に現れる白い貌の“SS”将校。彷徨えるハーケンクロイツ、その名はヴィルヘルム・エーレンブルグ |
ヴィルヘルム | 我ながら口に出すのも恥ずかしくなってくる呼ばれようだが、おまえさんはそれを取材に来たんじゃねえのかよ |
ディナ | あ、その……ごめんなさい。確かにそう、勉強不足ね |
からかい気味に投げられる言葉へ、ディナは慌てて頭を振った。謝罪しながら、改めて先の言葉を租借するようにそっと呟く。
ディナ | 母親が、姉……つまり、それは |
ヴィルヘルム | だな。これも記者ならよく聞く話じゃねえのかい? 聞き慣れてても、やっぱり気持ち悪いもんは気持ち悪いか? |
へらりと言いつつ、己が出生を語り続けるヴィルヘルム。それは確かによく聞く話なのかもしれないが、同時に誰もが眉をひそめるようなものだった。