Dies irae 〜Acta est Fabula〜 ロートス×ルサルカショートストーリー

「――で、私は言ったわけですよ。こう、想像力を最大限に膨らませつつ、きっとこんな感じで仰ったんだろうなと確信を込めて。
女はしょせん、駄菓子にすぎん。
欲しいときにいくらでも手に入るものに、私はいちいち拘らん」
「は、はあ……」
「やばくないですか?」

まどろみから覚めつつあるわたしの横で、なんだか頭の悪いことをだらだらと話している声が聞こえる。

「そうするとですね。リザさんの頬がちょっと赤くなったんですよ。ええ、間違いありません。私の目は誤魔化せません。当時、まあ今もですが、乙女はそういうのに敏感ですからね。伊達にせっかくのクリスマスを上官の横暴で犠牲にされ、愛に飢えていたわけじゃないんですよ。可哀想でしょう、私」
「え、ええ、それはまあ……
その頃のキルヒアイゼンさんは、まだ十代だったんですよね? 確かに、時代のせいとはいえ、もったいないというか」
「そう、そうなのですよ。よくぞ言ってくれました」

うるさい。うるさい。うるさいよそこの婆さん。いい年こいて若い子相手に恥ずかしい昔話してんじゃないって。

「ああ、でも、今のは減点一ですよ。私のことは、こう呼んでくれと言ったでしょう。ベアトリスって」
「は、はは、はははは……」
「ほら、もう一度」
「ベ、ベア…トリス」
「はい。なんでしょうか、戒さん」

………………

「え、えっと、あの、僕はちょっと、妹の様子を見てくるんで」
「あらあらあら、駄目ですよ。彼女は今、香純ちゃんやエリーちゃんや鏡花さんと一緒に、玲愛ちゃんの衣装合わせをしてるんですから。勝手に入ったら痴漢扱いされちゃいますよ? それともまさか、覗きに行くつもりですか? 許しませんよ、浮気だけは」
「う、浮気って……」
「ああ、そんな、なんてつれない方なんでしょう。初めて逢ったときに仰ったじゃないですか。これから僕が、ずっとサポートさせていただきますって。あれはプロポーズじゃなかったのかしら?」
「いや、それは業務としてというか……」
「まあ、まあ、まあ、どうしましょう。戒さんが私を捨てるつもりだなんて、今にも胸が張り裂けそうです」
「なっ――、僕は決してキルヒアイゼンさんを――」
「ベアトリス」
「ベア、トリスを……」

………………………………

「悪ぃ、戒兄さん。オレ、ちょっとタバコ吸ってくるわ」
「ちょ、待ってくれよ司狼くん――」
「うふ、うふふふ、これで邪魔者は消えましたね」

………………………………………………

「さあ、いよいよ年貢の納め時というやつですよ。ここまできたらいっそのこと、私達も便乗して――」

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「ここに永遠の愛を――」

いや、ちょっと待ってみようか。

「色ボケてんじゃねえこの妖怪ババあああ!」

バターン、と派手に扉が開く音で、わたしもようやく目を覚ました。寄る年波の影響か、眩しすぎて即座に視界は戻らないけど、ともかく現れた彼によって、純朴な青年の貞操は守られたわけだ。

「司狼から聞いて来てみりゃあ、また懲りもせずにこのセクハラ婆あは。戒さんも、どうせこんなのからかってるだけなんだから、真面目に相手しなくていいんだって」
「あ、うん……いや、ごめん」
「ちょっと、あなたは相変わらず目上に対する口の利き方がなっていませんね。私はともかく、戒さんにはもっと敬意を払いなさいと言ったでしょう」
「そういうことは、あんたが慎み覚えてから言ってくれよ。頼むから」
「ああ、本当にああ言えばこう言う子です。今日からようやく、形だけでも一人前になるというのに。そんなことでは玲愛ちゃんを幸せになんてできませんよ?」
「そりゃすみませんね。こういうところはガッツリ誰かさんに似ちゃったもんで、残念ながら」
「ふふ、ふふふふ……」
「はは、はははは……」

と、まるでお互い威嚇しあってるような笑い声。
そこらへんは阿吽と言うか何と言うか。確かにまあ、産みのなんとかより育てのなんとかってのも真理だろうけど。
なんか正直、起きたはいいけど絡みづらい展開だわね。もうちょっと寝てようかしら。
て思っていたのに。

「あ、アンナさんが目を覚ましたみたいですよ」
「え?」
「あら」

……おいおい。
そんな一度に注目されたら、さすがに狸寝入りもできないじゃない。
しょうがないので観念しつつ、まだしぱしぱする目をこすってぼやくだけはぼやいておいた。

「戒く〜ん、あなたはいい子だけれど、たまに空気読まないわよね」
「え……あ、そうですか。すみません」
「いい、いい。いいわよ、冗談。実はちょっと前から目が覚めてたし。誰かさんの馬鹿話でね、ベアトリス」
「あらひどい。私のせいですか、アンナさん」
「だって、あなたのせいなんだもの」

まどろみの中、懐かしい夢を見たことも。目覚めた現実が、それと繋がっていることも。
みんなみんな、あなたという友達がいてくれたから。
あの人がわたしに授けてくれた、未来をここに感じていられる。

「えっと、じゃあもう一度、確認しときたいんですけど」

同じ声。同じ顔。この子と会って四年経つけど、今でもたまにはっとする。
本当に、怖いくらいあの人に生き写しで。
血なんて関係のない別次元で、二人が重なっているように見えるのは、気のせいかしら?

「玲愛の希望で、バージンロードは曾お祖母さんの友達だった二人のどちらかに頼みたいって話です。本当なら、それで片がつくことなんですけど」
「君も一緒に歩くんだよね?」
「……まあ、なんでか知らないけどそういうことです。戒さんからも言ってくださいよ。野郎のバージンロードとか、はてしなく間違ってますよ」
「男が今さらごちゃごちゃ言うんじゃありません」
「ちょっと、誰のせいでこんな面倒をアンナさんに頼むことになったと思ってんだよ。あんたが、一緒に歩くなら玲愛ちゃんとがいいわあとか我が侭言うから」
「だって私、まだ結婚を諦めていませんのよ。だから間近で、今後のためにもじっくり観察したいと思いまして」
「これだよ。マジ気ぃつけて、戒さん」
「あぁ……うん、はははは……」
「本当、すみませんアンナさん」
「いいえ。わたしも楽しみよ」

そう。本来なら、彼の隣には育ての親であるベアトリスが立つべきだろう。たとえ約束を守るためでも、この子を手放したわたしには資格がない。
だから当然、わたしが何者なのかも教えていない。
真実を知っているのは、今やベアトリス一人だけ。そこを酌んでくれて、こんな演出をしてくれた彼女には感謝してもしきれないけど……

「ありがとう、ベアトリス」
「いえいえ、どういたしまして」

その察しがいい性格だけに、きっとこの友達は気付いている。わたしが彼に真実を話さない、もうひとつの理由を……




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