真路乃 「うわっ! なにこれっ」

紀子 「わわー 美味しそうー」

    おれの男料理は「チキンバスケット」だ。要するにトリ唐揚げやらフライドポテト、
     サンドイッチなんかを籠に詰めこんだもの。見た目がえらいこと派手で豪華なのが特徴だ。

亜利美 「へえ……これ、あなたが作ったわけ?」

一重 「うん。ちょっとうまそうだろ」

    EKC回路の命じるまま「こんなの何でもないよ」って顔して言ったけど、
     実はこれ、料理本を首っ引きの半日がかりで作った。
     作ってる途中何度もケンタで買ってきたい誘惑に駆られた。でもなんとか耐えた。

    で。成果がこれだ。我ながらいい出来のチキンバスケット。うまく出来た料理って、
     なんだかやたらとひとに勧めたくなるよな。だからおれは、ちょっと小鼻広げながら三人に進めた。

一重 「さ、どうぞー。いっぱい作ってきたから」

亜利美 「……ええ。それは見ればわかります」

真路乃 「すっげー! 勾坂、すっげー!」

紀子 「わーわー ぱちぱちぱちー」

    各人手を伸ばす。おれもだ。唐揚げの骨にはぜんぶ銀紙を巻いてあるし、
     ポテトにはファンシーな楊枝を添えてある。籠だからサンドイッチもビスケットも湿気てない……よし、完璧だ。

真路乃 「うん。うんうん。美味しいじゃん」

紀子 「うん。美味しいーい」

亜利美 「…………」

    我ながら悪くない出来だと思う。でも、亜利美は固い顔のままだった。

亜利美 「……つまらない味」

    いきなりそれかよ。最近ちょっと態度が軟らかくなったなと思ってたら。
     図書室での初対面以来のビッグウェーブだ。

一重 「……ほほー(怒)。つまらない味ですか」

    おれのほうも返す答えに角が浮いてきた。ツノじゃなくてカド。〈けいかく〉圭角。
     料理をけなされるって、こんなに腹が立つことだったんだな。

一重 「どのあたりがつまらない味なのか、ちょいとご講釈願いませんかネ」

真路乃 「うわ。勾坂、目がマジだー(汗)」

亜利美 「…………」

    ちょっとだけためらうように黙ってから、亜利美はきっぱりと言った。

亜利美 「……だって。何もかも教科書どおりの出来だもの。ひと言で言って『心がこもってない』わ」

一重 「ココロ? へえ。どんなココロだよ、それ」

紀子 「わあ〜(汗)。だめー。なーかーよーくー(汗)」

真路乃 「いいじゃん。この際とことんやらせれば。ほらほら勾坂、亜利美先輩っ。頑張って頑張って。けんかケンカっ(笑)」

一重 「ん ご声援さんきゅー」

亜利美 「…………」

一重 「で? 話戻すけど、そのココロっていったい何だよ? きちんと定義してみせてくれ」

亜利美 「……そうね。『過度に計量的でない不規則性』とでも言おうかしら」

一重 「ふんふん。それでそれで?」

亜利美 「『土三寒六』という言葉を知ってる? 手打ちうどんを作るときの塩加減のこと。土は夏の土用、寒は寒中。塩と水が酷暑では1対3、厳冬下では1対6という意味」

亜利美 「これはいっけん計量的に見えるけれど、本当はそうじゃないの。土三と寒六を上限下限として、あとは適宜に塩加減を変えなさいという古人の智慧であるわけ」

一重 「……それで?」

亜利美 「あなたの料理には、そういう『いい意味でのあいまいさ』がまるでないもの。たとえばほら、見て」

    亜利美はサンドイッチを二つ、それぞれ割って開いた。

亜利美 「こっちのチキンマリネのサンドイッチにはピクルスが二切れ。ツナペーストのにも同じく二切れ。チキンマリネは酢が勝ってるから、ピクルスは一切れあれば充分なのに」

一重 「う」

亜利美 「ぜんぶ開いてみましょうか? 賭けたっていいけれど、ぜんぶがぜんぶピクルス二切れ入ってる。だって……」

亜利美 「『そう書いてあったんでしょう』。『料理の本に』?」

一重 「あ!」

    図星だった。超図星。確かにそう書いてあったのをガチガチに守ったんだ。外すよりはいいだろうって思った。

一重 「あ……あう(汗)」

    必死になって反撃の糸口を探した。

    探した……

    探したけれど……見つからなかった。亜利美の指摘は正論だ。
     「そりゃそうだけど、そんな言いかたはないだろう」式の反論はおれのEKC回路が激しく許さなかった。

一重 「うう……」

亜利美 「……ま、形をきちんと整えてきただけでもましということなのかしら」

真路乃 「うっわー(汗)。亜利美先輩、キツっ」

亜利美 「いいえ。だってこのひとはそもそも、下心ゆえのご奉仕ですって宣言してるじゃない。わたしだって、厚意でお弁当を差し入れてくれるひとにこんな物言いはしないわ」

一重 「…………」

    これで「そんな言いかたはないだろう」式の反撃も封じられた。
     あと残ってるのは「本当は下心じゃない、純粋な厚意だ」だけだ。
     でもそれはEKC回路がさらに激しく許さなかった。

亜利美 「それと。もう一つ疑問があるわ。どうしてあなたが『うにコロネ』を知っていたか、ということ」

一重 「う……!」

亜利美 「……ふふん。なるほど。案の定」

一重 「…………」

真路乃 「え? 何が案の定なの、亜利美先輩?」

亜利美 「……ま、それはいいわ。不問にしておいてあげる。それも同じ下心ゆえのことでしょうから」

亜利美 「兼好法師――吉田兼好の徒然草に『ひとに物を上げるとき、それっぽい理屈をつけて進呈するのはいやらしいやりかただ』という主旨の一節があります」

亜利美 「あなたのご奉仕とやらがまさにそれよ。『いやらしいやりかた』。見返りが欲しい、下心を満足させたい、だからご奉仕してみせる」

亜利美 「ただしそのいやらしい性根を見透かされるのはいやだから、あらかじめ冗談めかして下心ゆえって言っておく……」

亜利美 「まさに『いやらしいやりかた』だわ。そうじゃなくて?」

一重 「う……」

    返す言葉もなかった。負け、だ。きょうはおれの負け。
     いやらしい性根を見透かされたうえ、すごい正論で説教まで喰らってしまった。

一重 「うう……(冷汗)」

亜利美 「……さ。そのあたりがわかったら、もう二度と紀子……じゃなくて、わたしたちに近づかないでちょうだい。よろしくて?」

一重 「え……?」

    あ……そうか。亜利美はまだそう思ってるんだ。おれの目当てがどんちゃんだって。
     だからこんなキツすぎる態度に出てるんだな。

    でも……でも、やっぱりこれはないよな〜(汗)。

    ――と。そのとき。

紀子 「ねえ。でもー」

    途中からずっと黙ってたどんちゃんが、いきなり割って入った。
     それもうんとのんびりした、いつものくすくす笑いの混じった声で。

紀子 「『勾坂くん、元気だもの』ー だから『ご奉仕』大歓迎ー」

一重 「え……?」

    どういう意味だろう? 丈夫でよく働くから遠慮なく使い倒してやれって? 
     でも、どんちゃんがそんなこと言うか……?

亜利美 「えっ? の、紀子……」

紀子 「ああんああんー。そんな顔しないでー。だって亜利美ちゃん、今そう言ったじゃないー。ご奉仕に元気は付き物だって」

亜利美 「えっ? わ、わたしが……?」

紀子 「うん あのねえ」

紀子 「『〈健康奉仕〉けんこうほうし』ー わーい。ばんざーい、ばんざーい」

一重 「どっ……!」

真路乃 「のっ……!」

    おれたち二人は、仲良く絶句した。「っ」の先を続けられたのは真路乃だけだった。

※許可なくこのホームページ内の文字情報・画像を複製・改変及び出版・放送などに利用する事は禁止致します。
Copyright (c)2008 light All Rights Reserved.