「ちょっとそこの本、こっちに上げてもらえませんか?」
  「え?」

 おれの名前は勾坂一重。
 自分で言うのもなんだが、成績は優秀、誰からも好かれる好人物だ。
 今日は借りていた本を図書室に返しにきたんだけど……

  「ちょっとそこの本、こっちに上げてもらえませんか?」

 上のほうから声がする。振り返ってみると彼女は脚立の上にいた。
 そしてこっちを向かずに声を掛けてくる。

 こういうときは愛想よくするのがおれの
 スタイル――
 だから、にっこり笑ってみせる。

  「うん。いいですよ。ここのカートの?」
  「ええ。そうです。すいません」

 ちょっと見た顔だ。確か同級生。確か同じ3年生。
 一緒のクラスじゃないんで名前は知らない。
 おれには見向きもせずに本を整理している。

  「どれ? ぜんぶ?」
  「ええ、ぜんぶ。ごめんなさい、使い立てしちゃ  ……って」

 こちらを振り向くなり、彼女はフリーズした。

  「な、何だろう? これじゃなかった?」

  「……いいえ。ごめんなさい」
  「わたし、あなたが嫌いなの。『勾坂一重』くん」

  「嫌いって……どうして? 理由は?」

  「特にありません、理由なんて。強いて言えば『あなたの名前が嫌いなんです』」

 冷たい声でそう言い残して、彼女は歩み去っていった。

 ……おれ、彼女に何かした?

 

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