
香純 「それでね、水星なんだって」
蓮 「はあ?」
香純 「だから、水星。星。マーキューリー。オーケー?」
蓮 「……何が?」
いきなりワケの分からないことを言われて、俺の頭上にクエスチョンマークが飛び始める。
香純 「それのデザイン、お店の人が言ってたけど、太陽系の縮図なんだって。もっかい見てみ」
香純 「ね、そんな感じでしょ?」
蓮 「まあ、言われてみれば……」
ペンダントトップの装飾は、車輪か歯車、もしくは時計なのかと思っていたけど、こうして見ると、なるほどこれは太陽系だ。中心を囲うように、九つの星が円環している。
香純 「だからそれに合わせて、九種類のタイプがあるんだって。それはその水星バージョン」
蓮 「……へえ」
未だに冥王星が入ってる辺り最新モデルというわけじゃなさそうだが、胸元の水星バージョンとやらを弄くりながら、一応納得。

蓮 「でも、なんで俺に水星なんだ?」
香純 「ぴったりだから」
蓮 「どこが?」
生憎と、水星人に知り合いを持った覚えはない。
訝っていると、香純は偉そうに鼻を鳴らして、
香純 「まず時間にうるさい」
香純 「すぐ逃げる。足が速い。
そして意外に手も早い」
香純 「水星はね、盗賊と旅人の星なんだって。あんたちょうどそんな感じ」
蓮 「…………」
おまえ、それは貶してないか?
香純 「あたしに内緒で、すぐどっか行っちゃうとことか。自覚してる?」
蓮 「……一応」
香純 「なんか距離置いてる感じにスカシてて、ちょっと感じ悪いのは?」
蓮 「…………」
香純 「司狼と微妙に怪しかったり」
蓮 「……おい」
香純 「あたしをすぐのけ者にしたり」
蓮 「それは……」
香純 「何か悩んでるくせに教えてくれない」
蓮 「…………」
香純 「ちょっとだけ、悔しいよ」
蓮 「香純……」
いきなり、なんだよ。おまえはどこまで……
香純 「ねえ、蓮」
香純 「あたしは、あんたの味方だよ。つらいときは、頼ってほしいな」
蓮 「…………」
香純 「剣道強いんだぜ、あたしって」
蓮 「……知ってるよ」
だが、だからって、おまえにあいつらをどうこうできるわけがないだろう。
いや、おまえだけじゃない。
氷室先輩だって、誰だって、例えば警察なんかでも、あれをどうにかできるはずがない。
なら俺は……今こんなところで何をやっているというんだ。
香純 「あたしは蓮の力になりたいよ。忘れないでほしいな、そこんところ」
香純 「だからね、それは戒めなの。勝手にいなくなるなよ、旅人さん」
とん、と胸を叩かれた。ついこの間も、似たようなことを言われた気がするけど……
香純 「司狼……がさ」
香純 「あいつがいなくなっちゃって、その上あんたまでいなくなったら、あたしつらいし」
香純 「えーと、つまり、これはそういうことなんですよ。いやー、なんか恥ずかしーね。こういうの」
蓮 「…………」
香純の苦笑が、痛かった。自然と目を伏せてしまう。
俺はこいつに、そんなことを言われる資格はないかもしれない。
なぜなら、ここで……
駄目だ――考えるなそんなこと。
あんなことに、こいつを関わらせてはいけない。気取られてもいけない。
本来なら、今は特定の誰かと親しくするのも控えた方がいいと分かっている。
だけど……
香純 「約束、するよね?」
ここで香純を突き放す覚悟が持てない。ただひとつ残った日常との接点を、断ち切ることに躊躇している。
それは、どうしようもないほどふざけた甘え。
俺は人間で、あいつらの同類なんかじゃないんだと。
そう信じさせてくれる香純を手離したら、もう戻ってこれないような……
二度と再び、この陽だまりを感じることが出来なくなってしまうような……
蓮 「俺は……」
自分の不甲斐なさに怒りを覚える。
女の前で空元気を振り絞るくらい、男ならやってみせろ。
香純 「……蓮?」
香純、俺はおまえを……
