螢 「そういえば、前にも一度、訊いたっけ」

自分の彼氏が、自分の彼女が、自分の親が兄弟が、死んでしまったらどうしよう。

螢 「事故でも病気でも殺人でも、何らかの不条理で大事な人を奪われたらどうしよう」

そのときどうするべきだろう。

螢 「泣いたり悲しんだり絶望したり、怒ったり悔しがったり恨んだり……」

あるいは、こいつがしているように……

螢 「まだ、答えはあのときと同じまま?」

蓮 「…………」

螢 「今の状況でも、硬派な考えは変わらない?」

蓮 「ああ……」

頷き、そして目を合わせる。俺の気持ちは変わらない。

蓮 「だけど、勘違いするなよ櫻井」

蓮 「俺は別に、どっちが正しいとか間違ってるとかの話をしに来たんじゃない」

ガラじゃないんだよ、説教なんて。
香純がいれば、何かしら熱いことでも語りだすのかもしれないが、俺にそんな趣味はない。
それに、そもそも、

蓮 「せいぜい、二週間かそこらだ」

蓮 「おまえと知り合って、まだその程度しか経ってない」

そんな俺の一言二言ごときなんかで、こいつの十一年を覆せるわけがないだろう。

他人の価値観を自分の色に染めようだなんて、思い上がりも甚だしい。

他人の言動で軽く人生変わるなんて、幸せすぎる局面はとうの昔に終わっている。

蓮 「だから、そっちはそっちで、思うように生きてりゃいいだろ。
   誰がおまえみたいな変なのに干渉するか、馬鹿らしい」

螢 「…………」

螢 「じゃあ、いったい何の用なの?」

蓮 「俺は俺で、やることがあるんだよ」

ケジメはつけると、以前言った。
今日、この学校で起こったことを、看過するなんて俺にはできない。
当事者として、元凶として、清算しなければならない筋がある。
そのひとつとして、こいつには話を通しておく必要があったから。

蓮 「いいか、櫻井――」

続く台詞は爆弾になる。口に出したらその瞬間に、こいつは俺を許さない。
櫻井螢という人間にとって、それは宣戦布告に等しい言葉。
分かっていた。そして分かっていたからこそ、言わねばならない。

蓮 「俺は―――」

風が吹く。言葉は冬の夜に攫われて、俺たち二人以外の耳には入らない。
だけど……充分に事足りた。

螢 「そう」

沈黙はほんの一瞬。こいつも予想していたんだろう。さして驚いた風でもなく、ごく自然に空気が変わった。

螢 「つまりあなた、私の敵っていうことね」

同時に、形成する緋々色金。月明かりを断ち切るように、赤い聖遺物が具現化する。
その狂気。凝縮した魂の塊。
なあ櫻井、おまえそんなもののために、何人殺してきたんだよ。
そしてこれから、何人殺すつもりなんだよ。
……馬鹿野郎。

蓮 「おまえみたいな奴は嫌いだ」

螢 「私も、あなたみたいな人は嫌いよ」

俺は吐き捨て、櫻井は笑っていた。
本当に、こいつとは反りが合わない。どこまでいっても水と油で、何度繰り返してもこういうことになるんだろう。
それは既知感。既に知っているような感覚で。

螢 「ちょうどいいわ。あなたとは決着がついてなかったし」

螢 「私も、今デジャヴを感じた。……なるほど、これが副首領閣下の方術なのね。恐ろしくなる、本当に」

螢 「でも……」

緋々色金が燃え上がる。櫻井の戦意に呼応して、より強く激しく形を成す。
だけど、それが泣いているように見えたのは何故なのか。

螢 「 私はそんなもの認めない」

螢 「だから足掻く。なんだってする。泣いて祈れば起きるような奇跡なんて、要らないのよ」

螢 「ねえ、藤井君」

ぽつりと漏れた声と共に、櫻井の姿が朧に霞んだ。

螢 「あなた、邪魔だわ」

獅子の剣が迫る寸前、炎に蒸発した涙の欠片を見た気がしたのは、俺の錯覚だったのかもしれない。